« 砂川恵伸著『天武天皇と九州王朝』批判(1) ―『藤氏家伝』の読み誤り― | トップページ | 砂川恵伸著『天武天皇と九州王朝』批判(2) ―倭国の対唐戦争準備を検討する― »

2017年8月31日 (木)

回廊の取り付き方で時代の新旧が分かる ―仮説:南寄りに取り付く方が新しい―

回廊の取り付き方で時代の新旧が分かる

―仮説:南寄りに取り付く方が新しい―

 

伽藍は時代の新旧が判別できることがあります。例えば回廊の単・複です。単廊が旧で、複廊が新です。

 回廊がどの伽藍に取り付いているかでも分かります。講堂に取り付いているのが旧で、金堂に取り付いているのが新です。注目すべきは、回廊が金堂に取り付くタイプでは、ほとんどの場合が金堂の両妻の南寄りに回廊が取り付いています。これによって両妻の南寄りに回廊が取り付いている方が時代が新しいと分かります。

 そこで、次の仮説が考えられます。

 

《仮説》

講堂に回廊が取り付いている場合、両妻の中央に取り付いている方が旧で、両妻の南寄りに回廊が取り付いている方が新である。

 

さて、この仮説を適用することが出来る国分寺遺跡があります。信濃国分二寺です。

僧寺と尼寺が接近して存在する国分寺で伽藍配置や回廊がよくわかる遺跡です。この二寺はどちらも中門から出た回廊が金堂を囲って講堂の両妻に取り付いている伽藍配置(「金堂院」型)です。そして、僧寺の規模を小さくして尼寺が建てられたとされているようです。

 

しかし、この仮説を適用すると、回廊が講堂の両妻の中央に取り付いている尼寺が旧で、回廊が講堂の両妻の南寄りに取り付いている僧寺が新だということになります。そして、この違いがあるということは、尼寺が建てられた時代は僧寺が建てられた時代よりも、講堂への回廊の取り付き方が違うほど古い時代に尼寺が建てられたということです。

 

信濃国分二寺の場合、同じ「金堂院」型伽藍配置であっても、信濃国分僧寺は金堂に回廊が取り付く(「金堂前庭院」型)伽藍配置の時代に近い時代のもので、“信濃国分尼寺”の方は塔と金堂を回廊内に置いて回廊が講堂の両妻中央に取り付く(古式)伽藍配置の時代に近い時代のものだと言うことになります。

なお、Google Earth で「国指定遺跡 信濃国分寺跡」を検索して見てみると、尼寺は単廊僧寺は複廊のようです。これも尼寺の方が古い時代であることを示しています。

« 砂川恵伸著『天武天皇と九州王朝』批判(1) ―『藤氏家伝』の読み誤り― | トップページ | 砂川恵伸著『天武天皇と九州王朝』批判(2) ―倭国の対唐戦争準備を検討する― »

多元的「国分寺」研究」カテゴリの記事

コメント

山田さんへ
面白い仮説を見つけられましたね。

(1) 回廊が単か複か・・・「単旧複新」
(2) 回廊が金堂に取り付くか,講堂に取り付くか・・・「金旧講新」
(3) 建物の真ん中に取り付くか,それとも南寄りか・・・「中旧南新」

以上,ネーミング担当の肥さんでした。

質問 「注目すべきは、回廊が金堂に取り付くタイプでは、
ほとんどの場合が金堂の両妻の南寄りに回廊が取り付いています。」という部分,
金堂でよろしいですか?(信濃国分寺では,講堂に取り付いていますが)

提案 もしよろしかったら,この仮説を
多元的「国分寺」研究サークルのサイトに入れたいのですか?

肥さんへ
コメントありがとうございます。

>(2) 回廊が金堂に取り付くか,講堂に取り付くか・・・「金旧講新」
これは「講旧金新」の間違いですね。

>質問 「注目すべきは、回廊が金堂に取り付くタイプでは、
ほとんどの場合が金堂の両妻の南寄りに回廊が取り付いています。」という部分,
金堂でよろしいですか?(信濃国分寺では,講堂に取り付いていますが)

「回廊が金堂に取り付くタイプ」とは回廊内に伽藍の無い、
所謂“国分寺式”といわれるもの(私は「金堂前庭院」型といっていますが)です。
なので、肥さんの読解違いのような気がしますが?
信濃国分寺は、どちらも古式と新式(“国分寺式”)の中間形態と思える
回廊内に金堂だけが存在し、中門から出た回廊は講堂の両妻に取り付いている
「金堂院」型ですね。

>提案 もしよろしかったら,この仮説を
多元的「国分寺」研究サークルのサイトに入れたいのですか?

WORD原本をメールで送らせていただきます。
ご随意にご利用ください。

肥さんへ

>多元的「国分寺」研究サークルのサイトに入れたいのですか?
という質問であれば、それほどのこととは思っていません。
いれるかどうかの判断は肥さんにお任せいたします。
入れてほしい場合は、原稿をメールで送信したうえで
明確に依頼したしますので、その時はよろしくお願いいたします。

山田さんへ

>(2) 回廊が金堂に取り付くか,講堂に取り付くか・・・「金旧講新」
これは「講旧金新」の間違いですね。

→ すいません。間違えました。

>質問 「注目すべきは、回廊が金堂に取り付くタイプでは、
ほとんどの場合が金堂の両妻の南寄りに回廊が取り付いています。」という部分,
金堂でよろしいですか?(信濃国分寺では,講堂に取り付いていますが)

「回廊が金堂に取り付くタイプ」とは回廊内に伽藍の無い、
所謂“国分寺式”といわれるもの(私は「金堂前庭院」型といっていますが)です。
なので、肥さんの読解違いのような気がしますが?
信濃国分寺は、どちらも古式と新式(“国分寺式”)の中間形態と思える
回廊内に金堂だけが存在し、中門から出た回廊は講堂の両妻に取り付いている
「金堂院」型ですね。

→ 私は図やグラフがないとダメなようです。「読解違い」でしたか。

→ でも,山田さんの分類法でOKだということでしたら,すっきり新旧がわかり,
いろいろな論証の点で便利だと思われます。ぜひ発表して下さい。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/65161/65731644

この記事へのトラックバック一覧です: 回廊の取り付き方で時代の新旧が分かる ―仮説:南寄りに取り付く方が新しい―:

« 砂川恵伸著『天武天皇と九州王朝』批判(1) ―『藤氏家伝』の読み誤り― | トップページ | 砂川恵伸著『天武天皇と九州王朝』批判(2) ―倭国の対唐戦争準備を検討する― »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

古田史学先輩の追っかけ

無料ブログはココログ

最近のトラックバック