« James Macさんの太宰府都城関連論考 | トップページ | 山陽道は九州王朝の東山道 »

2018年6月 1日 (金)

全く非論理的な論法の具体例

全く非論理的な論法の具体例

「二重証拠法」に対する西山尚志氏の批判[学問・資格]

 

 佐藤信弥著『中国古代史研究の最前線』(星海社、星海社新書123、二〇一八年三月二三日、ISBN978-4-06-511438-4)を読了しました。この図書の意図は次のように明示されています(「序章」9,10,11頁より抜粋引用)。それに違わない好著でした。中国の古代史に興味をもつ方には一読を勧めます。

…………………………………………………………………………………………………………

 歴史学と考古学

 本書では出土文献のほか、殷墟や秦の兵馬俑のような考古学による発掘の成果も取り上げる。伝世文献・出土文献のような文献を史料として過去のことを研究するのが歴史学、その中でも特に文献史学ということになる。これに対して考古学は、遺跡や遺物を通して過去のことを研究する学問である。

 歴史学と考古学は独立して存在しているというわけではなく、特に文献による記録が残っている歴史時代を研究の対象とする場合、この二つが密接に結びつくことになる(歴史時代を対象とする考古学を、先史考古学に対して歴史考古学と呼ぶことがある)

 この歴史学と考古学の結びつきについて、歴史学の研究者が発掘の成果を文献の記述を解釈するための補助として用いることもあれば、逆に考古学者が文献の記述を参照して発掘の成果を歴史的な文脈の中に位置づけることもある。「日本考古学の父」とされる濱田耕作(青陵)は『通論考古学』の中で、考古学は歴史学の一分野であると同時に、歴史学は考古学の一部分でもあり、この両者が助けあい、両方面の研究を総合することで、はじめて人類の過去の研究を全うすることができるとしている。

 その歴史学と考古学の関係を示す具体例として、志賀島で発見された「漢委奴國王」の金印が、その形式から漢代のものであることが推測される一方で、『後漢書』の記述により金印が後漢の初代光武帝の時代のものであることが明らかにされ、当時日本列島と中国との間で往来があった事実が示されるという事例などをあげている。

 その一方で彼はまた、文献の力を借りるのは収集した資料によって考古学の方面からの研究をひと通りやり終えた後のことであって、考古学の研究の最中に文献の援助を仰ぐのは、考古学的資料を文献の奴隷や脚注にしてしまうようなものだと釘を刺している。

 それでは中国古代史の研究においては、歴史学と考古学の助けあいや双方の研究の総合はどのように進められたのだろうか。

 中国での古代史の研究史はこの歴史学と考古学との間、そして先に触れた伝世文献の記述と出土文献の記述との関係をどう結んでいくかに腐心した苦闘の歴史である。本書では、研究の最前線に立つ学者たちがその両者の狭間でどのような中国古代史像を描き出してきたかという軌跡を追っていくことにしたい。〔後略〕

…………………………………………………………………………………………………………

 ここで「伝世文献」というのは『尚書』・『詩経』・『易経』・『大載礼記』・『春秋』・『左伝(春秋左氏伝)』・『国語』・『世本』・『竹書紀年』・『戦国策』・『史記』などの文献を、「出土文献」というのは甲骨文・金文などの出土物に記された文献を指しています。

 佐藤氏の著書は論理的な乱れがない好著ですが、その中で紹介されている中国古代史研究者王国維氏の提唱した「二重証拠法(あるいは二重証明法とも)」に対する中国山東大学に在籍する中国古代思想史研究者西山尚志(にしやまひさし)氏の批判が非論理的であることを指摘します。

 「二重証拠法」とは次のように説明されています(同書35,36頁より抜粋)。なお、中国語の「材料」は、日本語に翻訳すれば「資料」のことです。

…………………………………………………………………………………………………………

王国維の二重証拠法

〔中略〕

 王国維はまず、自分は今日に生まれ、幸いにして「紙上の材料」のほか、更に「地下の新材料」を得ることができたとする。「紙上の材料」とは『尚書』(『書経』)『詩経』『易経』、古帝王の系譜や事績をまとめた『大載礼記(だたいらいき)』の五帝德(ごていとく)篇と帝繋(ていけい)篇、そして『春秋』『春秋左氏伝』(『左伝』)『国語』『世本(せほん』『竹書紀年』『戦国策』『史記』などの伝世文献を指し、「地下の新材料」とは甲骨文と金文、すなわち出土文献を指す。

 そして「地下の新材料」によって「紙上の材料」の内容を補正したり、また古書のある部分が実録であることを証明することができるのであるとし、この二重証拠法は今日になってようやく実行が可能となった、古書の内容で未だ証明を得ていないものも、みだりに否定することはできなくなったのであると述べる。

 二重証拠法は一般に伝世文献と出土文献との内容を照らし合わせて研究を進める手法であるとされているが、実際にはここで述べられているように、出土文献によって伝世文献の内容の真偽を検証するための手法として使われてきた。〔後略〕

…………………………………………………………………………………………………………

 この二重証拠法に対する西山尚志氏の批判が次のように紹介されています(同書271,272頁より抜粋)。

…………………………………………………………………………………………………………

〔前略〕

 釈古派の研究の基礎理論となった、王国維の二重証拠法〔→35ページ〕にも批判が出されている。中国の山東大学(さんとうだいがく)に在籍する中国古代思想史研究者西山尚志(にしやまひさし)は、二重証拠法について複数の問題点を指摘しているが、その中に二重証拠法が反証不可能であるというというものがある。王国維は伝世文献が一定の真実を含んでいるという前提のもとで、出土文献によってそれが偽であるという証明が得られなければ、伝世文献の記載内容は否定できないという立場をとる。

 関係する出土文献が現れなければ、伝世文献の記述は、取り敢えずは真実として扱われなければいけないということで、西山はこうした態度を、反証可能性を拒否・放棄し、反証によって真理に近づいていこうとするアプローチを閉ざすものであると批判する。

 そして近代において二重証拠法は、多くの研究者がさほど重視していなかった出土文献の史料としての有用性を喧伝する効果はあったが、一方で「伝世文献の内容は必ずしも偽ではない」「疑いすぎてはいけない」と、伝世文献に対する文献批判・史料批判を封じるという役割を担ったとし、反証不可能な命題をもって反証を封じることがどのような結果をもたらしたのかと、戦前の日本の歴史学の状況を想起させつつ問いかける。〔後略〕

…………………………………………………………………………………………………………

 この西山氏の批判は「論理的な体裁」をとっているので一見「論理的」に見えます。しかし、それは見かけだけのもの(みせかけ)です。

 二重証拠法の論理は次のものです(西山氏は曲解している)。

 

【二重証拠法の論理】

・伝世文献は一定の真実を含んでいる(「伝世文献は全く真実を含んでいない(伝世文献の内容すべては偽である)」と証明されない限り、こう前提せざるを得ない)

・「一定の真実を含んでいる」というのは、「伝世文献の内容の各項目は真であるか偽であるかのどちらかである」ということである。

・「真であるか偽であるかのどちらかである(真であるものも存在する可能性は否定できない)」という内容を「偽である」として取り扱うのは間違っている。

・伝世文献の内容のうちで、出土文献で証明されたものは事実だと認定しよう。

 

「二重証拠法」は、「シュリーマンの法則」・フィロロギーにおける文献の扱いに反しない。要約すれば「古書の内容で未だ証明を得ていないものも、みだりに否定することはできない。出土文献で証明されたら事実としよう。」という論理です。

 

【西山批判の論理的誤謬】

排中律(真であるか真でない(偽)かのどちらかである)を前提(公理)とする述語論理において、真か偽か判定できない(どちらかと証明できない)命題の場合は排中律(公理)に従うしかないことを無視している。

西山氏は「伝世文献の内容は真であるか真でない(偽)かのどちらか」という命題を「伝世文献の内容は真である」という命題だと曲解(故意に間違って解釈)している。「論理を読み解く力が全くない、または、わざと間違った解釈をしている」としか考えられない。

 

西山氏の批判は、「皇国史観」(一元史観イデオロギー)によって起きた「戦前の日本の歴史学の状況」を、「二重証拠法」(シュリーマンの法則)に責任転嫁しているばかりではなく、「皇国史観」(一元史観イデオロギー)に対する反省が全くない(一見「民主的主張」に見えるが実は無責任)。

 

 このような曲解に基づいた二重証拠法に対する非論理的な西山氏の批判は、何らかの意図をもって「ためにする批判」といわれても仕方のないものです。

« James Macさんの太宰府都城関連論考 | トップページ | 山陽道は九州王朝の東山道 »

学問・資格」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/65161/66783216

この記事へのトラックバック一覧です: 全く非論理的な論法の具体例:

« James Macさんの太宰府都城関連論考 | トップページ | 山陽道は九州王朝の東山道 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

古田史学先輩の追っかけ

無料ブログはココログ

最近のトラックバック