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2019年4月 1日 (月)

新しい学年度はじまる

 「サクラサク」

新しい学年度はじまる[趣味(撮影)]


 桜が咲くと思い出すのは「サクラサク」の電報です。合格発表は、今ではWEBサイトでも調べられますが、昔(1967年当時)は、学内の掲示板を見に行くか、遠方なら知人に頼んで知らせてもらうか(これは落ちた場合を考えると決断を要します)、専門業者(実は在学生がクラブや同好会などの活動資金稼ぎでやっていました)に頼むかでした。私は受験日(3・4・5の三日間)を含む一週間ほど(5~6,7泊だったと思うが定かではありません)学生寮に「臨泊(臨時宿泊、寮生の自治活動)」させていただいたので、寮委員会に電報での通知を依頼しました(「臨泊」オプション)。合否発表日に(何日だったか忘れました)、電報配達員(当時は「電電公社」の職員)がニコニコ笑いながら桜の模様が入った電報用紙をヒラヒラさせて「おめでとう」と祝福してくれたのを今でも覚えています。合格だった場合、寮自治委員会がお祝い電報に使うフォルダー(開ければ見える)を指定してくれたのです。桜の花は、私にはこのような記憶が重なるので、常に明るいイメージが湧く花です。

 

 追憶話に付き合わせてしまいましたが、最近¥25,500.で購入したコンパクト・デジタルカメラNikon Coolpix A900で桜を撮ってみました。フルオート(写真機のアイコン)モード(カメラ任せの全自動) ,シャッター速度優先()モード,絞り優先()モードは一切使わずに、ひたすらMモード(シャッター速度(SS)と絞り(F)を選ぶと、カメラが感度(ISO)と測距合わせ(AF)をしてくれるモード)で、測光方式を「中央部重点」、AFエリア選択を「中央(一点)」、AFモードAF-S(シングルAF、シャッターボタン半押しでAFが機能する)で撮ることによって写真撮影の勘をつかむ訓練中ですので、「白とび(露出過多で明るい部分が白一色に塗りつぶされている)」や「黒つぶれ(露出不足で暗い部分が黒一色に塗りつぶされている)」が起きています(つまり下手くそな写真です)。

 

 まず、桜の撮影ポイントを求めて探すことはせず(素人カメラマンin trainingですから)、書斎として使わせていただいているファスト・フード店の近くにある「(横渚)八雲神社」の境内にある桜を撮影してみました。「(横渚)八雲神社」は「(大浦)八雲神社」を勧請したものだと思います。昔の鴨川町(今は周辺を合併して鴨川市)の中心は、「JR安房鴨川駅」前ではなく「鴨川港」周辺(大浦から新浜(しんばま))でしたので、大浦の「八雲神社」が最も神威の高い神社(=氏子の勢力が大きい神社)でした。中心が「JR安房鴨川駅」周辺に遷った今でも、大浦の「八雲神社」が最も神威の高い神社なのです。

 

「八雲神社と桜木」全景(イオンの敷地内、左がイオンの裏側、神社の右側に桜の木が少し。日陰は黒つぶれ。)
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「八雲神社」の鳥居(鳥居の前から鳥居内に社殿を写してみた。桜も空も白とびが激しい。)
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「八雲神社」社の扁額と「龍」(空も桜も白とび。)
Dscn0064

 

 この「(横渚)八雲神社」の扁額の下にある「龍」の彫刻は「安房国長狭郡下打墨村生まれ」の宮彫師で通称「波の伊八」と呼ばれる彫刻師の作と聞いています(初代の武志伊八郎信由の作かどうかは不明です。題名も確かめたわけではありません)。「波の伊八」については、記事末尾にWikipediaを引用しましたので、興味があればそちらもご覧ください。

 「波の伊八」の作品は「鴨川市 郷土資料館」(鴨川市横渚(よこすか)1401-6)鴨川市民は無料ですが、市外の方は入館料(郷土資料館、文化財センター共通)が200円、小中高校生150円です。団体(20人以上)の場合は大人140円、小中高校生100円。電話04-7093-3800。休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、年末年始。営業時間:午前9時から午後5時。JR安房鴨川駅から徒歩15分。バスならJR安房鴨川駅から鴨川市役所下車徒歩1分。駐車場無料(普通車20台)。

 

「八雲神社」の「波の伊八」作品「龍」(左方向から)
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「八雲神社」の「波の伊八」作品「龍」(右方向から)
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「八雲神社の社殿と桜木」
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「八雲神社の満開の桜」(曇天でしたが桜の華やかさを撮れたと思います(自画自賛)。)
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「空に咲く桜」(アンダーで、暗いイメージの桜となった失敗作です(「空に沈む桜」)。)
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「桜の花」(アンダーで背景が黒つぶれしていますが、上と違って桜が強調されています。)
Rscn0142

「たんぽぽの花」(足元を見たら「たんぽぽ」が咲いていました。「日の丸構図」なのは素人だからです。)
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【波の伊八】Wikipediaから引用)

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波の伊八

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

波の伊八(なみのいはち、宝暦元年(1751年) - 文政7年(1824年))は、安房国長狭郡下打墨村(現・千葉県鴨川市打墨生まれの宮彫師、武志伊八郎信由。

〔地名「打墨」は「うちずみ」ではなく「うっつみ」と読みます。地名は個別に覚えるしかありません。また、読みは同じでもイントネーション(高低)が異なる場合があります。例えば、鴨川市の地名「広場(ひろば)」を、バス停の車内音声案内は間違って「ひ(高)ろ(高)ば(低)」(どこにでもある広場)の高低で読んでいますが(音声嬢は地元の人ではない)、正しくはひ(低)ろ(高)ば(高)」です。「大浦」も「おおうら」でも「おうら」でもなく地元では「おーら」と発音します。山田〕

人物

江戸時代中期には、建築様式として欄間を飾る彫刻が流行していた。多くの関西の彫刻師から、「関東に行ったら波を彫るな」と言わしめた人物がいた[1]。初代伊八こと、武志伊八郎信由である。

 

伊八は、下打墨村で代々名主を務めた武志家の5代目として生まれたといわれている。10歳の時から彫刻を始め、躍動感と立体感溢れる横波を初めて彫り以来作風を確立し、同世代に活躍した葛飾北斎の「富嶽三十六景」の代表作の1つ、「神奈川沖浪裏」などの画風に強く影響を与えたといわれ、文政7年に没するまで意欲的に作品を造り続けた。

 

その作風は、五代目伊八(高石伊八朗信月:明治23年-昭和29年)まで200年に亘って続き、房総南部を中心に神社や寺院の欄間彫刻などに秀れた作品を残した。

 

代表作

飯縄寺本堂欄間二面「波に飛龍」

行元寺欄間彫刻「波に宝珠」

源祥寺本堂外陣欄間「龍三態」

波の伊八を題材とした講談

講談師神田あおい 新作講談波の伊八

 

波の伊八を題材とした歌謡曲

演歌歌手美月優「波の伊八」(2017/08/02 発売)

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コメント

山田さんへ
新しいカメラでいろいろ試されている様子,
楽しく拝見させていただきました。
写真とブログをうまく活用して,
訪問して下さる方を歓迎したいものです。

肥さん
コメントと助言、ありがとうございます。

>写真とブログをうまく活用して,
 訪問して下さる方を歓迎したいものです。

まだ、「写真」はもちろん「ブログ」も「うまく活用」するレベルではありませんが、
訪問してくださる方が楽しめるようになれるよう精進します。

「写真」も「ブログ」も「老練」な肥さんにアドバイスを頂けるのは心強いです。
ありがとうございます。よろしくお願いします。

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