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2022年1月18日 (火)

皇位継承の算数(2)―「公理」の追加と「市辺押磐皇子の母」を訂正―

皇位継承の算数(2)
―「公理」の追加市辺押磐皇子の母を訂正[古代史]

 先のブログ記事 皇位継承の算数―♪この子誰の子、気になる気になる―(2022年1月10日(月))で、次の計算法(無条件で正しいと仮定=「公理」)を提示しましたが、「公理」(4) が抜けていましたので、追加いたします(公理の追加)。

…………………………………………………………………………………………………………………………
(1)ある子(X)の尊属を遡って最初の「天皇」(父でもよい)の値を1とします。
(2)その最初の「天皇」の配偶者(Xの祖先)の尊属を遡って最初の「天皇」(父でもよい)の値を1とします。
(3)父と母の値を足して2で割った値(算術平均値)を子の値とします。
(4)母が「皇后」(天皇の正妻)であれば、その母(「皇后」)の値を1とします。
…………………………………………………………………………………………………………………………
 (4)が無いと皇后の子と他の妃の子の値が同じとなってしまい、実情に合いません。(4)を加えることで、天皇と皇后の子の値が1となるので、他の妃の子よりも優先される順位になります。また、どのような経緯であれ天皇となった父の値を1としているのですから、どのような経緯であれ皇后となった母の値を1にしないと論理的な整合性が無いことになります。

 また、先のブログ記事の図で、市辺押磐皇子の母を「草香幡梭皇女」としたのは誤りで、正しくは葛城黑媛(0履中妃、葛城葦田宿禰の娘)ですので訂正いたします(市辺押磐皇子の母を訂正)。

  次回は、この公理(4)を追加したことによる応神天皇から継体天皇に至る「皇位継承資格値」を修正したものをアップする予定です。ただ、他の資格者の値も調べて継承順位がこの資格値通りか検証をするために、単に「継体天皇の系図」だけではなく、「応神天皇の御子達すべての系図」を(知りうる限り)洗い出す必要がありますので、ある程度の日数を要します。ご承知おきください。

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