『二中歴』「蔵和」細注―「老人死」が判明―
『二中歴』「蔵和」細注
―「老人死」が判明―[著書や論考等の紹介]
『二中歴』の年代歴の倭年号(九州年号)の「蔵和 五年」(559己卯~563癸未)には、「己卯 此年老人死」と細注があります。
『二中歴』「年代歴」1(国立国会図書館デジタルコレクションより)
『二中歴』「年代歴」「蔵和五年」細注「己卯 此年老人死」(1の部分を拡大)
従来からこの「此年老人死」の意味が論じられていたようですが、納得できる説明がされていなかったように思います(私が知らないだけ、かも知れません)。
今回、投馬国=済州島(さいしゅうとう、(韓)チェジュド)説(詳しくは、当ブログ記事「投馬國」「狗奴國」「侏儒國」はどこか―石田泉城さんの発見(仮説)―にリンクが貼ってあります)を提示された石田泉城さんが、この細注「老人死」を解明されましたので、ご紹介いたします(石田泉城さんのブログ泉城の古代日記 コダイアリーの下記記事をご覧ください)。
南極老人 ?(2022-04-13 23:01:19)
私はこの仮説に全面的に賛成・同意いたします。理由は下記の通りです。
(1)当時の人は、この細注の「老人」が何であるか理解したはずです。
(2)とすれば、現在のわれわれも次のよう理解すべきです。
① この「老人」を物事の一般的な名前を表す普通名詞とすれば、「老人」が死ぬのは日常茶飯事のことですから、この細注自体が何のことを言っているのか分からなくなります。
② したがって、この「老人」は普通名詞ではなく、そのものだけに付けられた名前を表す固有名詞とするしかありません(でないと理解不能になります)。
③ しかし、一般に「〇〇老人」のように「〇〇(固有名)」を付けないと識別できませんから、この細注は「老人」だけで固有名詞であると考えるしかありません。
④「老人」だけで固有の識別ができる歴史的人物(広くとれば生命体)がいた(あった)でしょうか(反語:ありません)。
⑤ 生命体でなく「老人」と呼ばれるものを、私は知っています。地平線近くに赤く輝く星、カノープスです(人並みには天文の知識はあります)。
⑥ しかし、老人星(カノープス)が「死ぬ」とはどういう現象でしょうか(カノープスは今でも見えます)。「此年」とあるので「この年だけのこと」だったとしか考えられません。
以上のように、「『老人』とはカノープス(「老人星」)である」という「思い付き」は行き詰まったままでした。
ところが、泉城さんは「死ぬ」という言葉を天文現象(毎年起きたとしても)に限らず、歴史的出来事と結びつけて「老人死」と書かれていると考えられたのです。私には思いつけませんでした。
しかし解答が示された今思えば(タラ・レバ)、「歴(史)」のことを書いてある『二中歴』なのですから、泉城さんのように考えを進めるのが正しかったのでした。
石田泉城説(老人=老人星(カノープス))は、問題集の解けなかった問題の解答を見たような思いがしています。
なお、1年だけの「倭年号(九州年号)」は、「蔵和」を挟んで、前の「兄弟」(「継体」から数えて9番目、558(戊寅)年)と後の「師安」(11番目、564(甲申)年)の2年号だけです。
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