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2023年5月11日 (木)

回帰年と日干支―太陰太陽暦の日干支―

回帰年と日干支―太陰太陽暦の日干支―[]

 太陰太陽暦の「回帰年」(季節が一巡する周期)は「冬至」から次の「冬至」までの日数(端数込み)となっています。厳密には現在の「太陽年」(春分から次の春分までの日数(端数込み))とは異なりますが、太陰太陽暦は、はるか遠くに「上元」(暦の元期)をとっているので太陽年と同等なものと考えてよいでしょう。

 今回は、太陰太陽暦がどのように暦の日干支を求めているのかを説明したいと思います。説明する動機は、「他人に説明するのがもっと良い理解を深める方法だ」という言葉があるからです。ということなので、知っている方はスルーしてください。 

 その前に「時間」をどのように表すか、という問題をクリアにしておかねばなりません。現在は、一日を24時間、一時間を60分、1分を60秒、つまり一日を、「セシウム原子のマイクロ波の振動を9,192,631,770回数えたときを1秒と定義」した86,400秒として時間を表しています。

 では、古代の天文観測において天体の周期をどう表せばよいでしょうか。一日を単位として用いればよいでしょうか。1太陽年は約365.24219日ですが、一方平均朔望月は約29.530589日です。太陰太陽暦では、一太陽年が何ヶ月かということも計算しなければなりませんから、太陽年・平均朔望月・1太陽年の月数、これらを全て分数で表しておかねばならないのです。つまり、時間を軸にして計算しようとすると大変なことになる(というよりも、やってられない)のです。

 そこで、古代の賢人は「章法」(倭国も採用した「元嘉暦」は最後の「章法暦」です)という時間を軸にしている暦法(19年を一章とする)を捨てて「破章法」という暦法を考えだしました。

 破章法の肝は、「一日(の時間)を適当な数値で表して、天体の周期をその数値を軸にして表す」というものです。古代の支那では小数点を使わず分数を使っています。分数を使うことで「有効桁数を小数点第何位までにするか」と悩む必要が無くなります(端数も分数のまま表しておく方が正確です)。

 

戊寅元暦(戊寅暦)】(唐・武徳二年(619)~麟徳元年(664)までの46年間)

太陽の周期数=3,456,675

地球の自転周期数=9,464

太陽年=3,456,675÷9,464365日 + 2,315/9,464(=365.244611日)

月の周期数=384,075

朔望月を計算するための地球の自転周期数=13,006

朔望月= 384,075÷13,006==29日 + 29/13,006(=29.530601日)

 

麟徳甲子元暦(麟徳暦)】(唐・麟徳二年(665)~開元十六年(728)64年間)

太陽の周期数=489,428

地球の自転周期数=1,340

太陽年= 489,428 ÷ 1,340365 328/1,340(=365.24478日)

月の周期数=39,571

地球の自転周期数=1,340

朔望月= 39,571 ÷ 1,34029 711/1,340(=29.530597日)

 最初の破章法暦である「戊寅元暦」は、太陽年と朔望月とで、割る数値が9,46413,006と異なっています。麟徳暦は徹底して同じ1,340を用いています。これらの数値はそれぞれに意味があるのではなく、実際の観測数値に合う分子と分母を探し出したのではないかと思われます(もしかすると、うまい方法があった(例えば連分数展開とか)のかもしれません)。

 

 日干支をどのように求めるかという本題に戻ります。

 麟徳暦を例にとりましょう。
Photo_20230511155301
 麟徳暦の上元は、麟德元年(664年、甲子)から遡ること269,880年前(西暦-268,216年、甲子)となっています。

 今、西暦697年の暦をつくると仮定します。

積年は 269,913年(=(上元までの歳積 269.880年-麟徳元年 664年)+ 西暦 697年)。

これに太陽の周期数 489,428 を乗じると積年の太陽の周期数は 132,102,979,764 です。

これを地球の自転周期数(一日) 1,340 で割ると上元から暦をつくる前年の冬至までの日数 98,584,313日 + 344/1,340 がでます。日干支の話なので、この一日に満たない端数 344/1,340 は忘れておきましょう。

上元の日干支は甲子なので、上元から暦をつくる前年の冬至(これを「天正冬至」といいます)までの日数 98,584,313日から干支の数 60 を引けるだけ引きます( 1,643,071回 引けます)。
干支数 60×1,643,071回= 98,584,260 なので余りは 53(日) です。
上元の甲子日から60干支が 1,643,071循 して余ったのが 53日 なのですから、天正冬至の直前の甲子日からこの日数だけ天正冬至の日が離れていることになります。
つまり、甲子の干支番号を1とするならば干支番号54の干支「丁巳」が、甲子の干支番号を0とするならば干支番号53の干支「丁巳」が天正冬至の日の日干支なのです。

 前年の冬至の日の日干支が求まれば当然に暦をつくる年の冬至の日の日干支も求まります。当然その間の24節気の日干支も求まります。太陰太陽暦の日干支はこのようにして求めています。

 暦カテゴリーの次回は、太陰太陽暦における月の第一日(ついたち)の求め方を予定しています。

 

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