ブログ方針

2019年1月26日 (土)

実名を要求しないブログ方針について

実名を要求しないブログ方針について

「権威主義」に抗するブログでありたい[ブログ方針]

 

 いくつかあるブログ方針のうち「実名を要求しない」ということについて、皆様に説明しておきたいと思います。

 なぜ、こんな説明をするかといえば、古田史学方法こう読者教示[古田史学]という記事のコメントに次のような記述があったからです。この方はご自身の主義に反すると考えたのかも知れませんが、ハンドルネームすら入力してありませんでした。

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〔反論が記載されていた部分は省略〕

 なお余計かことかもしれませんが、ぜひ実名を出して議論しませんか? なおもしご自身のサイトをお持ちならそこのアドレスにもリンクして頂けると、どのような方と議論しているのかが分るので、お互いの理解が深まると思います。

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私は、この方のコメントを削除して次のようにコメントを書きました。

 

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ハンドルネームすら入れずに次の余計なコメントを書かれた方へ

 

> なお余計かことかもしれませんが、ぜひ実名を出して議論しませんか? なおもしご自身のサイトをお持ちならそこのアドレスにもリンクして頂けると、どのような方と議論しているのかが分るので、お互いの理解が深まると思います。

 

私のブログは実名であるかどうかに関わりなく議論をするという方針です。

ハンドルネームすら入れずに、実名を出して議論しようという提案は、ブログ方針に対する異議申し立てであり、受け入れられません。それがしたければご自分のブログで行ってください。

あなたの反論を掲載したくないからではありません。ブログ方針を守っているだけです。

 

反論を掲示してもらいたければ、ハンドルネームを入れた上で、上記余計なことを削除して、再度コメントをいれてください。

 

また、そのコメントに、もしこの方針に対する抗議等に準ずる文言があれば、ブログ方針に従って一切公開しません。また、その抗議等を削って再投稿されても、コメントは公開されません。これはこのブログの方針です。

 

反論を掲載して欲しくば、上記余計なことを削除し、ハンドルネームを入れて、ブログ方針に対して文句を書かずに、再度投稿してください。

 

余計なことを書いてあるコメントは削除しました。

 

投稿: 山田春廣 | 2019125 () 2134

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 この「私のブログは実名であるかどうかに関わりなく議論をするという方針です。」とのべていることを説明します。

 

大事なのは「誰の説か」ではなく「どんな説か」である。

 世の中には権威者の説なら信じるが無名な方の説は顧みないという「権威崇拝主義者」もいます。また、自分の権威によって無名な方の説を取るに足らないとする「権威主義者」もいます。私は、誰が唱えた説かではなく、どんな説であるかの方が学問に関りがあると考えています。「裸の王様」の例を持ち出すまでもなく、己の立場を守るために事実でないことも事実であるとする人もいます(そうでない高潔な人もいることは否定しませんが)。また、立場が上であることをもって隠然とした圧力によって自説を通す人もいます。こんなことはよくご存知と思います。これをなくす方法として「実名を要求しない」ブログ方針をとっているのです。

 

「誰が唱えた説」であるかということは、学問とは関りがありません。世俗の名誉(誰が最初に唱えたか)やノーベル賞やフィールズ賞のような賞を与えるというような場合には必要なのだと思いますが。ですから、権威主義を排除して議論をして頂くために「実名を要求しない」ブログ方針をとっているのです。

 

このブログは私の「専制」である

 このブログは「共和制」ではなく。私の「専制」です。私の方針に対する干渉は許しません。ブログ方針で実名を要求していないのにハンドルネームすら記入しない(忘れたのではないことは余計なコメントで明らか)のは、「実名を要求しない」ブログ方針に暗に反抗していることを示しています。このような態度を私が認めなければならない理由はありません。そのようにしたければ、ご自身のブログで行えばよいことです。なお、上記コメントにも記しましたが、誰もが忌憚のない意見を出せることを目的に「実名を要求しない」ブログ方針を立てていますので、コメントで寄せられた反論を封じる考えは全くありません。それどころか反論はありがたく思っています。これに関しては、「反論はすべからく公開する」ブログ方針ですから、遠慮なくお書きください。ただし、自己宣伝を目的にするもの、他の方の誹謗中傷であると私が判断(専制です)したものは、有無を言わさず削除しますので、反論をする場合にその点は注意してお書きください。私が通常の範囲かどうか迷うような場合には、私からご忠告を差し上げる程度にすることもあるかも知れません。ですから、投稿にあたっては一度読み直して、誹謗中傷等削除される懸念があるかどうか、ご確認くださるようお願いします

 

 なお、このブログは基本的に「古田史学(科学的歴史学派)」としてのブログですが、次の内容の文言がある場合は、有無を言わさず削除することを予めお知らせしておきます。

 

「それは『古田史学』ではない。」

 

なぜなら、そんなことを断定できる権限は何人(なんぴと)にもない(「神」を除きます)、ということに尽きます。こんな(神をも恐れぬ)不遜極まりない人物は当ブログは歓迎いたしません、いや、(神になり代わって)排斥いたします

私のブログは仮説や既存学説について誰でも自由に討論できるブログを目指しています。「『古田史学』かどうか」を議論したければ、ご自分のブログで行ってください

 

議論相手との相互理解をとりもつブログではない

ハンドルネームすら入力せずに書かれた余計なことに次のようにある。「どのような方と議論しているのかが分るので、お互いの理解が深まると思います。」何をどう錯覚すればこのようなことが書けるのだろか(反語)。この方は何を目的とされているのであろうか。これは学問に無関係なことである。そのような親睦を深めたかったらご自分のブログで行えばよいのです。私のブログは、私が記事として書いたことについて、自由に(賛成でも反対でも感想でも)書いて投稿くだされば、削除されるようなこと(誹謗中傷等)でなければ、基本的に(ブログ方針に反しなければ)公開されるのです。実名を要求する理由が上記であるのであれば、当ブログに無関係なことであり、実名を要求しているのはブログ方針に反している

 

以上、ブログ方針の説明でした。なお、この説明は「そうなのか」とご理解頂くことを目的にしていますので、このブログ方針の説明に対するいかなるコメントも受け付けません

2018年4月24日 (火)

「肥さんの夢ブログ」に学ぶ

「肥さんの夢ブログ」に学ぶ

―なんとなく「sanmaoのコメント方針」―

 

 私は、ブログは肥さんに学ぶことにしています。学ぶだけではなく、デザイン・テーマなどは横着の極みで「まねっこ」しています「オイオイ、いいのかそれで!?」)。その肥さんが「コメント欄」のアドバイスをしてくれています。ブログタイトル通りです(「夢を追いかけていきたい。 そして,夢を応援してあげたい☚応援ありがとう)。

 

肥さんの夢ブログ

私の「コメント欄」の考え方 2018424 ()

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-e5f1.html

項目は三つ。詳しくは「肥さんの夢ブログ」でどうぞ(

 

(1) お礼のご挨拶について

(2) 書く内容について

(3) コメントはすぐ表示しないシステムにしてあります

 

 私は、(1)と(3)は既にそのようにしています。また、(3)なので、「コメントとして表示しないで」と書いてあれば、メール代わりにコメントを私への通信文にできます。これは絶対に表示することはありません。

 そして読者が少ないからできるのですが、基本的に寄せられたコメントには必ず応答するように心がけています。特に質問が寄せられた場合には、自分の向上のきっかけになるため、時間を頂くことになったりしますが、調べてでもお答えしようと考えています。

 ただ、例外は設けています。次の二つです。

 

❶ コメントした目的が自己宣伝だと判断されるコメント

❷ 他の方に対する誹謗中傷・人格攻撃的と判断されるコメント

〔上記の「判断」とは、できる限り客観的にいたしますが、言うまでもなく私の独断によるものです。〕

 

 これまで❶については1件、❷については2件ありました。いずれも、表示せず削除しています。❷で「他の方」と書きましたが、「コメントしている人から見て他の方」という意味で、当然私に対するものも含まれます。絶対に表示されないコメントがあります。

 

 私は、下記を「私の綱領的文書」としています。

「戦後型皇国史観」に抗する学問

http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/yuibt138/kogaseng.html

私のこの根本的な立場に対する批判はどんな体裁をとったとしても絶対に表示されません。

したがって、「古田史学」並びに「古田史学の会」など多元史観に立つ歴史研究団体・個人に対する中傷が含まれているコメントは言うまでもなく表示されません。

 

だが、誤解がないように申し上げますが、学術的批判は大歓迎いたします。たとえそれが一元史観の立場からのものであっても、学術的批判は確実に表示されます。

 

肥さんは、「(2)書く内容について」で次のように書かれています(一部抜粋です)。

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学問的論争を「夢ブログ」でやるのは,あまり適していないと思っている。

そのため,ここ数年,「多元的「国分寺」研究サイト」や「古田史学の継承のために」を開設してきた。

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 これは「夢ブログ」の方針について述べているのであって、ブログでの学問的論争を否定しているわけではありません。学問的論争は「多元的「国分寺」研究サイト」や「古田史学の継承のために」の方で行ってくださいと述べているだけです。

 

 私のブログは、「sanmaoの暦歴徒然草」と題して「妄想が暴走するsanmaoさんが、暦から歴史を考える。」と副題をつけています。つまり、私の関心の主なものは「暦と歴史」で、それを徒然なるままに(暴走した妄想をときおり含めて)書くという方針ですから、「sanmaoの暦歴徒然草」で学問的論争をやるのはあまり適していないと思っていることは肥さんと同じです。私が学問的論争をできる能力を持ち合わせていないのがもう一つの理由です(素人です)。

 ただ、「肥さんの夢ブログ」と少し違うことは、学問的論争までとはいかない「学問的対話(質疑応答)」程度のことは歓迎したいと考えています。それは自己の学力向上になると考えているからです。

 読者の皆さんは「こんなコメントは表示されるだろうか」などと自己規制的に考えずに、思ったことをコメントして頂きたいと思います。学問的論争になるか学問的対話になるかなどの判断は私が悩めばよいことです。学問的論争レベルになると思えば、そのコメントを表示し、学問的論争レベルになる旨をお伝えして、私がお答えできるのはこれくらいだと書くだけなのですから。

 読者の皆さまは、疑問・不審に思ったら躊躇せずにどんどんコメントで質問をお寄せください。学問的対話はとても勉強になります。

 これからもご愛読とコメントを宜しくお願いいたします。m(..)m

2016年11月 8日 (火)

ブログの執筆方針を変更

暦の解説を連続で記載しようとしましたが、それでは思ったり発見したりしたことをブログに書けないので、表題のにある「徒然草」通りに、つれづれなるままに書こうと方針を転換しました。太陰太陽暦については、合間に書き続けていくつもりです。幸いなことに(?)まだ閲覧者はいませんのでこの方針転換に不満を抱く方もおらず、安心して方針転換をすることにしました。私はもとより、太陰太陽暦に関する一通りの解説が完了するまではこのブログへ読者を誘導する試みは一切しない方針でしたのでこころおきなく方針転換ができました。もし、太陰太陽暦について閲覧している方が居ればコメントに何が知りたいか書いていただけば、その都度連載とは別途回答したいと思っています。
ブログ方針を明確に掲げておきます。
(1)太陰太陽暦に関して、EXCELで再現できるまで詳しく解説する。
これは、断続的に連載する。
(2)暦と歴史に関することを思いつくままに執筆してアップする。
(3)「古田史学」のカテゴリには多元史観による研究や一元史観の従来説への批判を随時掲載する。
(4)上記に関わらないことがらも、記載することがある。この場合にはカテゴリを明示する。
(5)読者のコメントには上記に優先して回答を記載する。
以上、後日の備忘として記載する。

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