sanmao知恵袋 暦(3)
―「太陰太陽暦」は最新暦法―[sanmao知恵袋][暦]
sanmao知恵袋 暦(1)と暦(2)〔注1〕で「太陽年」と「朔望月」を説明しました。今回は、「太陽暦」と「太陰暦」そしてその二者を統合した最新の暦法である「太陰太陽暦」を説明します。
「太陽暦」とは、「太陽年」の情報だけを扱う暦法(またはその暦法で造られた暦(こよみ))をいいます。現在日常生活で使われている「グレゴリオ暦」、そして天文学で用いられている「ユリウス暦」がこれです。
「太陰暦」は、朔望月(月の満ち欠けが)一巡りする日数)の情報だけを扱う暦法(またはその暦法で造られた暦(こよみ))をいいます。イスラム暦〔注2〕がこれです
「太陰太陽暦」は、太陽年の情報と朔望月の情報、この両方の情報を統合して取り扱う最新の暦法〔注3〕(またはその暦法で造られた暦(こよみ))をいいます。中国暦〔注4〕がこれです。
「太陽年」・「朔望月」、この片方の情報しか扱わない「太陽暦」・「太陰暦」の造暦計算(暦(こよみ)をつくるための計算)はシンプルです。「太陽年」・「朔望月」、この両方の情報を統合して扱う「太陰太陽暦」の造暦計算は複雑です。しかし、情報は満載です。
「太陽年」・「朔望月」のメリットは次のようです。
「太陽暦」:農耕・採取・狩猟などに必要な情報である季節が「暦月」〔注5〕で判断できる。
「太陰暦」:生物の営みが左右される月の影響が「日付」で判断できる〔注6〕。
「太陰太陽暦」は、「暦月」の「ひと月」が「朔望月」ですから、「太陰暦」のメリットはそのまま含んでいます。問題は、「ひと月」が「朔望月」であるためにずれていく季節を「閏月」を置いて調整しているので、「暦月」では正確な季節がわからない、という点にあります。「暦月」で季節を判断しなくてはならない理由は一つもないわけで、「太陰太陽暦」の暦(こよみ)には次のような季節を知ることができる情報が用意されています。
(1)「二十四節気」とその「雑節」〔注7〕
(2)「七十二候」〔注8〕
(3)「節月」〔注9〕
「太陽暦」の「暦月」から得られる季節感など「太陰太陽暦」の足元にも及びません。
「節月」が「太陰太陽暦」の暦(こよみ)に記されている例として、石神遺跡から出土した現存する日本最古の暦(元嘉暦の具注暦〔注10〕)を紹介します(市 大樹(いち・ひろき)著『飛鳥の木簡――古代史の新たな解明』(中央公論新社、中公新書2168、2012年6月25日、ISBN978-4-12-102168-7 C1221)より)。木器(蓋か)として加工されたものなので、削られてだいぶ小さくなっています。
口絵 2)具注暦木簡(石神遺跡出土)
判読された文字(前掲書80頁より)
この暦は「六八九年三・四月の暦であることが判明した。」(同書81頁)のですが(なぜ判明出来たかは後で説明します)、判読できなかった文字を埋めてみました。
私が再現した具注暦
六八九(己丑)年の月朔干支と日数は次のものでわかりました。
元嘉暦六八九年の月朔干支と日数
「暦月」の三月と四月の日干支と節気は次のものでわかりました。
元嘉暦六八九年の三・四月暦日干支と節気
上弦や望の日干支は次のものでわかりました。
元嘉暦六八九年の朔・弦・望とその日干支
まず、日干支を埋め、次に日干支から節(「清明」「立夏」)を埋め、その節の日を「節月」の「一日」として「節日」を埋め、判読されている「十二直」〔注11〕から遡って「十二直」を埋めて、その「十二直」が「節月」の「一日」の「十二直」(「清明」なら「破」、「立夏」なら「建」)と整合するかどうかを確認して出来上がりです。
なぜ、「六八九年の元嘉暦(具注暦)」と判ったかといえば、この遺跡のおよその年代が判っていたことと、暦(暦法)ごとに「月朔の日干支」や「暦月の日数」や「節気・中気の日干支」が違うので、既存の暦と出土具注暦を照合してピタリ合ったのが「元嘉暦」だったということです。いや「元嘉暦」であると「アタリ」(予想)をつけていた(真っ先に「元嘉暦」と照合した)のかも知れませんが・・・。
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注1 sanmao知恵袋 暦(1)と暦(2) …… 次のブログ記事です。
sanmao知恵袋 暦(1)―1年の長さ―
sanmao知恵袋 暦(2)―ひと月の長さ―
注2 イスラム暦 ……閏年は用いない(つまり閏月で季節を調整しない)ので、太陽暦とは1年で約11日、33年で約1年の差を生じます。朔(新月)ではなく、三日月状の細い月が最初に見える日が「月初め(一日)」になります。詳しくは国立天文台暦計算室 暦Wiki「イスラム暦」をご覧ください。
注3 最新の暦法 …… 「太陰太陽暦」以後、新しい暦法は開発されていません。造暦(こよみを造る)計算は複雑ですが、自然科学(天文学)に基づいた暦法です。その原理の優秀さは、グレゴリオ暦などその足元にも及びません。「現在行用されている」ことは、その暦法が「優れている」ことを意味しません。
注4 中国暦 …… 上記注1のブログ記事(注記欄)に、代表的中国暦、その太陽年と朔望月をリストアップしてあります。
注5 「暦月」 …… 暦面上の「ひと月」(朔望月による)を言います。「太陰太陽暦」には「閏月」があり(「閏月」のある年は一年が13ヶ月)、このため「暦月」では正確な季節がわかりません。
注6 月の影響が「日付」で判断できる …… 新月(太陽と地球の間に月が入る)の時を含む日が朔(ついたち)ですから、漁労従事者や航海を行っている人々にとって重要な情報(月の位置、満ち欠けの状態、潮の干満)がそのまま「日付」として表されているわけです。
注7 「二十四節気」とその「雑節」 …… 「二十四節気」は十二の「節気」と十二の「中気」からなります。「雑節」は「節気」に関わる日などに付けられたニックネーム的なものです。
【二十四節気】
名称 月 太陽黄経 説明(国立天文台暦計算室 暦Wiki「二十四節気」より抜粋)
立春(りっしゅん) 正月節 315° 寒さも峠を越え、春の気配が感じられる
雨水(うすい) 正月中 330° 陽気がよくなり、雪や氷が溶けて水になり、雪が雨に変わる
啓蟄(けいちつ) 二月節 345° 冬ごもりしていた地中の虫がはい出てくる
春分(しゅんぶん) 二月中 0° 太陽が真東から昇って真西に沈み、昼夜がほぼ等しくなる
清明(せいめい) 三月節 15° すべてのものが生き生きとして、清らかに見える
穀雨(こくう) 三月中 30° 穀物をうるおす春雨が降る
立夏(りっか) 四月節 45° 夏の気配が感じられる
小満(しょうまん) 四月中 60° すべてのものがしだいにのびて天地に満ち始める
芒種(ぼうしゅ) 五月節 75° 稲などの(芒のある)穀物を植える
夏至(げし) 五月中 90° 昼の長さが最も長くなる
小暑(しょうしょ) 六月節 105° 暑気に入り梅雨のあけるころ
大暑(たいしょ) 六月中 120° 夏の暑さがもっとも極まるころ
立秋(りっしゅう) 七月節 135° 秋の気配が感じられる
処暑(しょしょ) 七月中 150° 暑さがおさまるころ
白露(はくろ) 八月節 165° しらつゆが草に宿る
秋分(しゅうぶん) 八月中 180° 秋の彼岸の中日、昼夜がほぼ等しくなる
寒露(かんろ) 九月節 195° 秋が深まり野草に冷たい露がむすぶ
霜降(そうこう) 九月中 210° 霜が降りるころ
立冬(りっとう) 十月節 225° 冬の気配が感じられる
小雪(しょうせつ) 十月中 240° 寒くなって雨が雪になる
大雪(たいせつ) 十一月節 255° 雪がいよいよ降りつもってくる
冬至(とうじ) 十一月中 270° 昼が一年中で一番短くなる
小寒(しょうかん) 十二月節 285° 寒の入りで、寒気がましてくる
大寒(だいかん) 十二月中 300° 冷気が極まって、最も寒さがつのる
【雑節】
二十四節気を補う季節の移り変わりの目安として、雑節(ざっせつ)がある。土用、彼岸は入りの日付けを示す。
名称 太陽黄経 説明
土用(どよう) 27°,117°,207°,297°太陰太陽暦では立春、立夏、立秋、立冬の前18日間を指した。最近では夏の土用だけを指すことが多い。
節分(せつぶん) 季節の分かれめのことで、もとは四季にあった。立春の前日。
彼岸(ひがん) 春分と秋分の前後の3日ずつの計7日のこと。初日を彼岸の入り、当日を中日(ちゅうにち)、終日を明けと呼ぶ。
八十八夜(はちじゅうはちや) 立春から数えて88日目をいう。霜が降りることが少なくなる頃。
入梅(にゅうばい) 80° 太陰太陽暦では芒種の後の壬(みずのえ)の日。つゆの雨が降り始める頃。
半夏生(はんげしょう)100° 太陰太陽暦では夏至より10日後とされていた。
二百十日 (にひゃくとおか) 立春から数えて、210日目の日。
注8 「七十二候」 …… 各気(「節」気と「中」気)を更に三等分しています。二十四節「気」と七十二「候」をあわせて「気候」となります。掲載は割愛しますので、詳しくはWikipedia「七十二候」をご覧ください。
注9 「節月」 …… 「二十四節気」のうち、「節」(例えば「正月節」である「立春」)を含む日を第一日として数える「ひと月」を言います。地球が真円軌道を平均速度で公転しているものとして計算する「平気法」では節の間隔は約30.44日と一定なので、節月の日数は30日または31日となります。
注10 具注暦 …… 暦注(日時・方位などの吉凶、その日の運勢などの事項)が記載された暦です。
注11 「十二直」 ……暦注の一つで、中段に記されるので「中段」「中段十二直」とも言われます。
「十二直」は、「建(たつ)」→「除(のぞく)」→「満(みつ)」→「平(たいら)」→「定(さだん)」→「執(とる)」→「破(やぶる)」→「危(あやぶ・あやう)」→「成(なる)」→「納(おさん)」→「開(ひらく)」→「閉(とづ)」の順に配されます。
柄杓の形をした北斗七星の柄に当たる部分(斗柄)が北極星を中心にして天球上を回転することから、これに十二支による方位と組み合せて十二直を配当する。
十二直に用いる月は節月である。節月ごとに、その月の夕刻に斗柄が向いている方位の十二支と、日の十二支とが同じになる日が「建」になるように配当する。実際には、節月の始まりの日に、その前の日の十二直を繰り返す。
冬至の頃には斗柄が北(子)を指す(建(おざ)す)ので、冬至を含む月を「建子の月」という。(Wikipedia「十二直」より抜粋)
なお、「方位」の十二支は、北から東回り(時計回り)に子、丑、寅、・・・と12等分します。
0時の方向(子=北)、1時の方向(丑)、2時の方向(寅)、3時の方向(卯=東)、4時の方向(辰)、5時の方向(巳)、6時の方向(午=南)、7時の方向(未)、8時の方向(申)、9時の方向(酉=西)、10時の方向(戌)、11時の方向(亥)となります。時刻だと12時制と一致しますが、「方位」は四・八・十六等分になりますので、12等分では表現できない北東は艮(ごん、丑寅(うしとら))、東南は巽(そん、辰巳(たつみ))、南西は坤(こん、未申(ひつじさる))、西北は乾(けん、戌亥(いぬい))を用いて表現していました。
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